人付き合いに悩んだら・付き合う人は自分で選ぶ~人は近しい人の平均になっていくという事実~

essay

こんにちは。大人かわいい動物ジュエリー作家のさちこです。

私の住む町には夕方になるとムクドリの大群(それは大群と呼ぶにふさわしい数です)がやってきます

鳴き声やフンなど、ありがたくないことばかりですが、

あの大群が一斉に空を飛んでいる様子は一見の価値ありだと思っています

一斉に向きを変えたり、広がったり、まとまったり、見事な集団行動に

目が離せなくなっちゃうw

あの集団行動は、ムクドリに限らず、水族館のイワシなどにも見られますよね。

あれは個体同士の距離が近くなることで、お互いに作用しあう能力が備わっているから

らしい。

そして、それは鳥や魚だけでなく、私たちの持つ細胞や、原子の世界でも起こっていることなんだとか。

そんな面白い記事を見つけたので、ブログに書いてみます。

その記事がこちら↓

「鳥や魚、細胞の共通点は、自分の力で動くことができる”自己駆動“の能力と、周囲と”相互作用“する能力の両方を併せ持っていること。このような性質を持つものを、総称して『アクティブマター』と呼んでいます。アクティブマターでは、それまでバラバラに動いていた個体同士の距離が近くなることで相互作用が強くなり、その結果、一種の相転移が起こると解釈できるのです」

引用:https://www.riken.jp/pr/closeup/2022/20220704_1/index.html

私たちの細胞も、私たち自身もこの『アクティブマター』であり、

普段は、自分の力で動くことができるのに、

個体の距離が近くなると相互作用が強くなり、

一種の相転移がおこり、水が氷りになるように

良い人が悪い人にもなる、その逆も然り。

ということだと思いました。

細胞レベルの能力にあらがうすべはない

今回の研究の記事では、これまで言われてきたことが、相互作用という能力のおかげであり、

細胞レベル、原子レベルでも見られることが分かったという事。

きっとこの相互作用のおかげで、ただの元素から、細胞や生物ができて、今に至るわけで。

この世界の理というか・・・・この能力がなければ、この世界もきっとなかったわけで。

リンゴが落ちるのと同じように、世界の原則なんだと思った。

原則にはあらがうすべはない。

一番近しい人5人の平均になるって聞いたことありますか?

この相互作用を聞いて思い出すのが、やはりこれです。

You are the average of the five People you spend the most time with.”

“あなたは、最も一緒に過ごす時間の長い5人の友達の平均になる”

Jim Rohn

相互作用が細胞レベルでプログラムされたものだとするなら、これはもう事実ですな。

さちこ
さちこ

一番長く一緒に過ごしている人はどんな人ですか?

性格、習慣や趣味、収入に至るまで、友達5人の平均に、自分がなっていくという説。

少しでも幸せになりたいと思ったら、自分でその5人を選んでいきたい

だって相互作用はおこるのだから。

それが自分のためでもあり、自分の大切な人のためでもある

ことわざにもある!経験として知っていた事実

古くからのことわざにも同じことを言っているものが沢山あって、

経験としてわかっていたんだなと思います。

朱に交われば赤くなる(しゅにまじわればあかくなる) → 人は環境に流されやすいので、付き合う友達によって良くも悪くもなるという例え。友達を選ぶことの大切さの例え。
友達を選ぶなんて言うと、

『あいつは誤解されやすいけど、

いいやつなんだ』

というのが良くあるけど、

その『いいやつ』な部分が自分にとってプラスになっているんだから、いいんじゃないかと思う。
ただ、同時に『誤解されやすい』部分も影響を受けることは、覚悟しておくべし。
水は方円の器に従う(みずはほうえんのうつわにしたがう) → 人はおかれている環境や、付き合っている友人しだいで、良くも悪くもなるという例え。
環境の影響は大いにあると思うけど、そこに少しでも違和感や、居心地の悪さを感じるのなら、
自分の器(環境)に疑問を持つべし。
付き合う人を変えるだけで、相互作用により自分も変えていける
またそのことを踏まえて、こんなことわざもあります
己に如かざるものを友とするなかれ(おのれにしかざるものをともとするなかれ) → 自分より劣っているものを友としても、得るものがないという例え

何様?

と言われそうだけど、自分や自分の大切な人のためなら、

時にはこの考えを採用するべきだよね。
sora
sora

自分の人生、どの5人平均になるかは、自己責任だな

君子の交わりは淡き事水のごとし(くんしのまじわりはあわきことみずのごとし) 教養があり物事を良くわきまえた人同士の交際は、水のように淡々としているが長きにわたり変わる事がない
sora
sora

ただずっと一緒にいることが、

友情とは限らないもんね

君子は和して同ぜず小人は同じて和せず(くんしはわしてどうぜず、しょうじんはどうじてわせず)優れた人は協調はするが、主体性を失わず、むやみに同調したりしない。つまらない人物は同調するが、心から親しくなることはないということ。
この“和して同ぜず”の精神で、本当の意味で仲良くする友人を選んでいきたいものです。
sora
sora

猫を見習いなさいな

自分の人間関係は慎重に、自分で選びとるべし

生物学大好き人間の私からすると、今回の実験結果はとても面白い!

ムクドリや魚の群れが、一斉に向きを変えるように、

私たちも距離の近い人の影響を受けてしまうということが、科学的にも証明された。

中学生の時、合掌の練習をしていた時に、この相互作用を感じた気がします。

歌声や踊りなど、集団で一斉に揃えると、

なにか自分の意志ではないものに連れていかれるような感覚。

あれも、相互作用だったんじゃないかと思います。

いつも一緒にいて、「だよね~」「わかる~」というだけが友じゃない。

私の貧相な友人関係は、コロナを機会にさらに細りましたが、

今でも友人と呼べる人とは、どんなに長くご無沙汰をしてても、

電話一つかけるだけ、学生に戻れる なわけです。

この集団としての相互作用や、ご紹介したことわざを胸に、

付き合う人を自分で選んでいきたいですね。

 

ではでは。

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